History
お茶を淹れるための道具として、日本人に古くからなじみのある急須。急須と聞いて多くの人が思い浮かべるのが、注ぎ口の横に棒状の取っ手がついた、朱泥(しゅでい)色の急須ではないでしょうか。鮮やかな朱色の急須は、常滑焼の代名詞ともいえる存在です。
諸説ありますが、常滑の急須づくりは、陶工が江戸時代後期に急須が描かれた図録を入手し、真似てつくったのが始まりといわれています。そこから、どのようにして現在の常滑の急須が形づくられていったのでしょうか。約200年の歴史をたどってみましょう。
- 美しい朱色は、江戸時代の憧れ
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江戸時代には、優れた陶工たちの間で、さまざまな技法が確立されました。白色に焼き上がる「白泥(はくでい)焼」、海藻を巻き付けて焼成する「藻(も)掛け」、藁(わら)をたすき状に巻き付けて赤褐色に発色させる「火襷(ひだすき)」、ひび割れたような質感を持つ「南蛮焼」、現在は「練り込み」と呼ばれる「木目焼」などが挙げられます。
中でも、常滑焼を代表する技法が「朱泥焼」。急須はもともと中国から伝わったもので、その特徴である朱色は高価で憧れの存在でした。常滑では、鉄分を含んだ土をきめ細かに精製し、焼成の最後に酸化させることで、美しい朱色を実現したのです。

- 急須ひとつに、名工の技が結集!
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常滑の急須づくりは、土の粘りを生かしたロクロ引きが伝統。胴体、注ぎ口、取っ手、茶こし、蓋などのパーツを別々に作り、組み立てることでひとつの急須が完成します。いずれも繊細かつ複雑な形であり、高度な技術が求められます。
ところで、江戸時代には、お茶を火にかけて煮出していたことをご存じでしょうか。そのため、持ち手が熱くならないよう、急須の取っ手は横に取り付けられました。取っ手にある空洞は、棒をさして注ぐためともいわれています。熱効率を高めるための底面のくぼみや、沸騰したときにカタカタ揺れないよう、深みを持たせた安定感のある蓋も常滑急須の特徴です。急須本体と蓋が重なる部分は「すり合わせ」と呼ばれ、胴体と蓋を合わせて窯入れするので、仕上がりがぴたり。隙間がなく湯の温度を保てることも、高い評価を得ているゆえんです。
- 伝統と量産がバランスよく共存
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昭和30年代になると、常滑急須にも新しい技術が確立されます。それが、型を用いることで、製品を量産するというもの。高度成長期の需要と、海に面した水運にも恵まれ、常滑は急須の一大産地に発展しました。
もちろん、ロクロ引きの技術も健在です。現在も常滑で伝統的な急須づくりを手がける作家は、ざっと50名ほど。200年かけて培った技術を次世代に継承すべく、産地ぐるみで育成に取り組んでいます。柔軟な感性で、オリジナル急須を生み出す作家も登場しており、常滑急須の新たな可能性に注目が集まっています。


About
低温で焼き締まり、水が漏れない土質を生かした常滑急須。蓋の締まり、茶切れのよさなど完成度が高く、薄くて軽いため、日常使いしやすい点もうれしいポイントです。
茶葉を選んで湯を沸かし、急須で淹れて飲むお茶は、格別のおいしさ。ペットボトルでいつでも手軽にお茶が飲める時代だからこそ、ひと手間がかえって贅沢に、味わい深いものに感じられるはずです。
また、どこか愛らしいたたずまいは、そこにあるだけで空間に安らぎが生まれます。釉薬を施さない素焼きの常滑急須は、使い込むほどに光沢が増し、手になじむような感覚も醍醐味のひとつ。急須のある豊かな暮らし、あなたもはじめてみませんか。
手引き
手引きロクロは、常滑急須の伝統的な製法です。土をロクロ台に乗せ、胴体、蓋、注ぎ口、取っ手などをつくります。その後、必要に応じて底部や蓋に削りを施します。茶こしを成形して穴をあけ、各パーツとともに胴体に取り付ければ組み立て完了。この世にふたつとして同じもののない形、手引きならではの味わい深い質感、作家ごとの個性がにじみ出ている点も、手引きロクロの大きな魅力です。
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ロクロを使い、粘土から形をつくりあげます -
鮮やかな朱泥や藻掛け装飾は常滑急須の特徴
鋳込(いこ)み
鋳込みとは、石膏型に泥しょう(粘土を水で溶いたもの)を流し込んで固める製法のこと。胴体、取っ手、注ぎ口、茶こしなど、それぞれのパーツごとに型があります。短時間で量産できる点がメリットですが、組み立てはロクロ引きと同じく、手作業が基本。使い勝手を大切に、角度や位置を調整していきます。手引きロクロに比べて手に取りやすい価格で、品質が一定に保てる点も特徴です。
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粘土が固まったら、石膏の型から丁寧に外します -
型を用いることで、早くたくさん作ることが可能に
茶こしの種類
茶葉をこすための「茶こし」にも、さまざまな種類があります。「胴あけ」は急須胴体に直接穴をあけたタイプ。湯の対流を妨げないことでゆっくりと茶葉が開き、本来のうまみを引き出せるといわれています。職人の間で通称「でべそ」と呼ばれるタイプが、半球状の茶こし。大きめの茶葉を入れても穴をふさぎづらく、お茶が流れやすい構造です。このほか、手軽さを求めるならステンレス製の茶こしをセットして使用する方法もあります。

常滑急須は鉄分を多く含み、お茶の成分・タンニンと反応して、苦みが取れてまろやかになります。さらに、おいしく淹れるコツを抑えることで、お茶の香りやうまみを引き出すことができます。難しく構えずに、ぜひお茶を淹れる工程から楽しんでみてください。ここでは、煎茶の淹れ方をご紹介いたします。

お手入れ方法
常滑急須は世代を超えて受け継がれるものも多く、大切に扱えば、長く使うことができます。洗い方や乾燥方法など、お気に入りの急須と上手に付き合うための、お手入れの方法をご紹介します。
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- 急須の持ち方
- 急須を割ってしまう一番の原因は、洗う時といわれています。イラストのように、注ぎ口が自分に向くように握ると、注ぎ口と持ち手も守られます。
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- 急須の口から水を注ぐ
- 水は急須の口から流し入れると、水流で茶こしについた茶葉をサッと流せます。匂いが移らないよう、普段のお手入れに洗剤は使用しません。湯を使うと茶渋が落ちやすくなります。
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- 歯ブラシでやさしく洗う
- 茶こしの汚れや目詰まりが気になる場合は、急須内部が乾いた状態で、歯ブラシ等でやさしくこすりましょう。細かい目まできれいにできます。
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- しっかり乾かす
- 急須は複雑な形状ゆえに水分が残りやすく、洗った後は雑菌が繁殖しないよう注意が必要です。蓋を取って注ぎ口を下にし、内部までしっかりと乾燥させます。
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- 乾いた布で磨く
- 普段のお手入れにひと手間をプラス。乾いた布で、急須全体を磨くことで、徐々にツヤと味わいが増します。ぜひ、あなただけの急須に育ててみてください。

- 手に取って、
つくり手の思いに触れる -
日本一の急須産地と名高い常滑で、お店を巡りながら、自分好みの急須を探してみませんか。使いやすさと味わいのよさ、見た目の美しさも兼ね備えた常滑急須は、茶葉を取り扱うお茶屋の方から一般の方まで、愛用者が多いことでも知られています。
ひとことで常滑焼といっても、その種類はさまざまです。気兼ねなく使える実用性の高いものから、人間国宝による芸術のような作品にお目にかかることも。


また、作品と一緒に作家のプロフィールなどを合わせて紹介しているお店も多くあります。つくり手の思いに触れることで、いっそう愛着も増しそうですね。手作業が生む一点ものの急須は、まさに一期一会の出会い。気になる急須を見つけたら、そっと手に取って、手ざわり、重さ、フォルムなどを確かめてみましょう。

- 本格煎茶から
くつろぎのカフェまで -
常滑市内には、常滑急須で淹れたお茶がいただける素敵なお店がたくさんあります。急須探しや街歩きの休憩に、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。普段はあまりお茶を飲まないという人も、まずはお店で体験してみることで、常滑急須ならではのまろやかなおいしさが感じられるはずです。


中には、お茶を飲むだけでなく、急須の使い方をレクチャーしてくれるお店や、専用急須でコーヒーを淹れる珍しいお店も。さらに、地元の和菓子や自家製スイーツなど、各店自慢のお供も充実しており、今日はどこでお茶しようかと迷ってしまいそうです。
やきもの散歩道を中心に、趣ある建物を活用したお店も多く、雰囲気と合わせて楽しむことができます。